私の決意

立候補まで・その1 「決める仕事に!」

私は大学院で政治学にかかわった後、フリーアナウンサー・地元ケーブルテレビアナウンサー・兵庫県の第12代広報専門員・伊丹市立中央公民館の推進委員会事務局長と、仕事をしてきました。

"伝える"ことを中心に仕事してきた中で、だんだん「この内容はどうなんだろう?」「こんな方が良いのでは?」と、伝える内容自体が気になるように。中身を決める仕事に関わりたいと思うようになりました。

また兵庫県広報専門員時代に、兵庫県議会議員の稲村和美さん(同い年・現尼崎市長)と仲良くなりました。お金や組織がなくても、強い熱意と信念でもって社会の課題の解決に主体的に取り組む姿を見て、大いに刺激をもらいました。

このように、仕事や交友関係を通して、市政への関心が深まっていったのです。

立候補まで・その2 「思いが爆発!」

そんな時、個人的に大きな出来事が起こりました。出産・育児です。

私は以前より、育児と仕事は両立させたいと考えており、張り切って「育児と仕事の両立」に臨みました。しかし現実の壁は厚かった。産休はやっとのことで取得・転職は余儀なくされる・慣れない育児に四苦八苦・仕事との両立に限界寸前の日々・子どもが病気になったときの預け先に東奔西走…大変な思い、悔しい思いを、たくさんたくさん経験しました。。

そんな体験を通して「もっとこうなって欲しい」「こうなってくれないと困る」と、山のように感じるようになったのです。そして、子育て関係はもちろん社会全体に対して「もっとよくしていかねば!」と強く考えるようになりました。

愛する子どものために、自分たちのために、大事な親のために、大好きな祖父母のために、みなが健康でイキイキ生きていくために、少しでも良くしていきたい、変えていきたい! 変えていくにはどうしたらいいのだ? 自分が訴えよう!

湧き上がる強く熱い思いを胸に、市政へのチャレンジを決意しました。

1期目に当選!

そんな想いを、駅やスーパーマーケットなどで毎日マイクを持って訴え続けました。
最初は「誰だこの子は?」と怪訝そうに見られるだけだったのが、徐々に「頑張れ」「応援してるよ」と声をかけていただくいようになり…そして、お蔭様で伊丹市議会議員に初当選させていただくことができました。
当時、伊丹市議会に20~30代の女性議員は私一人。ベテラン男性議員さんも必要。
でも社会と同様に、議会にも様々な性別・世代・状況の議員がいて、たくさんの声が届けられるべきです。私だからこその議員活動が行えるはずだし、行わねばならないとの想いを胸に、4年間全力疾走しました。

2期目に当選!

そして2011年、2期目に当選させていただきました。
よりよい伊丹市を作るために、いっそう邁進する日々。議会では役職がつくようになり、総務政策常任委員会の委員長・議会運営委員会の副委員長・会派「フォーラム伊丹」幹事長などを務めました。

3期目に当選!

2015年には、3424票をいただき4位で3期目に当選。
第61代の議長にも就任し、市議会の代表として市内外で活動すると同時に、市議会を真に住民に役立つものにすべく、日々奮闘中。
伊丹を「住みたい街・住み続けたい街 ナンバー1」にとの目標にむけ取り組んでいます。